はじめに
本ブックレット『朝山新一の性科学と性教育』は、「日本のキンゼイ」と呼ばれた朝山新一博士(元・大阪市立大学名誉教授、1908年 - 1978年)の性科学・性教育における業績ならびに履歴を記録し、紹介するものである。朝山博士は、終戦直後からまず関西を中心に学生・生徒の性行動調査を実施するとともに、1974年から始まる「青少年の性行動全国調査」では第1回調査委員会の代表を務めた。その間、1972年には、松村博雄・間宮武らと日本性教育協会(以下、JASE: The Japanese Association For Sex Education、現在は一般財団法人日本児童教育振興財団内)の設立に参画し、その青少年の性行動調査の科学的知見をもとに、戦後の日本における性教育を構想しただけでなく、膨大な性教育の資料(スライドなど)を残した。その一方で、アルフレッド・キンゼイらの『人間女性における性行動』(上・下)、ジョン・マネーとパトリシア・タッカーの『性の署名―問い直される男と女の意味』などを共訳し、海外の性科学を日本に紹介している。さらに、自身の研究成果を国際学会などで発表することで、日本の性科学を国際的に発信することに努めた。その結果、没後であるが、メキシコで開催された第4回「国際性学会議」でキンゼイ博士とともに第1回「国際性学賞」を受賞している。
本書には、主として3つの章でこうした朝山博士の履歴ならびに性科学・性教育における貢献を紹介している。まず第1章「世界のセクソロジーにおける朝山新一の位置」(東優子)では、J.マネーとの関係なども踏まえて世界の性科学における博士の業績がもつ意義を検討している。続く第2章「朝山新一の性行動調査」(片瀬一男)では、博士が1940年代後半から60年代にかけて関西圏で行った性行動調査の方法と知見を概観している。これに対して、第3章の「朝山新一の性教育スライドに込めたる思い」(宇野賀津子)では、博士がどのような性教育を構想していたのかについて、残されたスライド教材をもとに考察している。
また各章末には、その章の内容を理解するうえで参考になると考えられるコラムをつけ、朝山の業績が現代の性教育にどのような示唆を与えるかについて考察している。さらに、資料解説として、JASEが実施した「第1回青少年の性行動調査票」の第一校、第二校を対比して、その差異を解説したものを付した。加えて、コラム4「可視化された性とからだ-科学的性教育ことはじめ」(池上千寿子)では、1970年代から始まったフェミニズム運動のなかで、1980年に刊行された日本語版『ウーマンズ・ボディー』が与えたインパクトについても紹介している。
次に、本書が編まれた経緯をJASEの記録をもとに記しておく。まずJASEが1974年に実施した「第1回青少年の性行動全国調査」は、現在、詳細な集計表(男女別・年齢別などのクロス集計表や累積経験率の図など)は残っているものの、データそのものは失われている。そこで、片瀬はそのデータや調査票の所在を朝山のもとで学んだ宇野に尋ねた。宇野は、朝山の死後、関係する資料が大阪府吹田市の国立民族学博物館(以下、民博)に寄贈されたと聞いていたので、2018年に元民博の京大教授に問い合わせ、その調査票やスライド資料の存在を確認した(磁気テープなどに記録されたデータは、結局、見つからなかった)。2018年9月には本書執筆者の宇野・片瀬および当時「第8回青少年の性行動全国調査」委員であった土田陽子・帝塚山学院大学教授と守如子・関西大学教授、さらに中山博邦・JASE事務局長(当時)が、47のボックスに仕分けられた朝山資料を確認し、所蔵資料の目録を作成した。
朝山資料が民博に保管されるに至った経緯は次のとおりであると考えられる。まず、民博の初代館長の梅棹忠夫(1974年より同館長)が、朝山が卒業した京都帝国大学(当時)理学部の後輩であり、初期の朝山の調査を今西錦司ら同大学の動物学教室のメンバーとともに手伝っていたことは、朝山の『現代学生の性行動』(1949年)にも注記されている。また梅棹は、1949年から大阪市立大学理工学部に助教授として勤務し、朝山の同僚であった時期もある。おそらく、この梅棹との縁で、朝山が1978年に急逝した後、ご遺族がその書斎や書庫にあった調査票やスライドなどの資料を民博に寄贈したものと推測される(民博の資料によれば、1983年に受け入れとなっている)。
目録作成の翌年、2019年5月にはJASEの事務局長名で民博館長へ移管願いを提出し、同月14日には、民博によって朝山資料をJASEへ移管することが承認された。これを踏まえて、同年9月20日には朝山博士の長男・耿吉氏夫妻に移管の内諾を得たのち、長野・蓼科のご夫妻宅を民博情報課職員2人、宇野と中山JASE事務局長が訪問し、正式に移管願いを提出して承諾された。同じく移管に伴い、11月7日付で朝山耿吉氏が民博館長宛てに朝山資料(ただし、民博に「朝山文庫」として受け入れが完了している図書を除く)の返却受領書を提出している(書類上は民博から朝山家に「返却」されたこととした)。
2020年3月から移管のための作業に入るが、コロナ禍のため民博が臨時閉館となり、作業は翌年まで延期となる。その後、2021年10月26日から27日にかけて、移管のための作業(調査票・集計表などの紙媒体の資料およびスライド教材などの整理、関連資料をまとめ再箱詰めなど)を再開した。ボックスを開けてみると、47個のボックスに紙媒体の資料(調査票の束や綴じられた集計表など)が整理されて保存されていたほか、スライドなどかつて宇野が見たこともある朝山の映像等の原図が保存されていた。調査票は70年ほど前の紙媒体なので、かなり劣化していたものの、11,000枚を超えるスライドは、民博によって丁寧にスライド・ファイルに保存されていた。
そのうち発生学関係のスライドを除き、東京のJASEに搬出した。これらの資料はすべてJASEに移管したが、現在のようにコピー機やスキャナーなども一般的ではなかった時代に、朝山がカラースライドにして、データを保管していたことが窺える資料だった。また一枚のスライドの図も何度も書き直して、こだわった過程もわかる貴重な資料である。
2022年1月よりJASEでの資料整理(資料廃棄も含む)を行い、2023年11月のJASEの移転を挟んで、最終的には2024年3月には学生アルバイトの補助も得て、調査票の整理を概ね終えた。そして、2024年4月にはブックレット編集委員会を立ち上げ、執筆・編集作業に入ることができた。
この間、多くの方々にお世話になったことは言うまでもない。朝山資料を長年にわたって保管し、かつその移管をご許可いただいた民博、ならびにそれを承諾された朝山耿吉・春江ご夫妻のご厚情には、まず感謝しなければならない。この間、作業の全般にわたってご高配いただいたJASEの中山博邦・顧問、小澤洋美・事務局長および阿部活・事務局次長にも感謝したい。また、日本の性教育の歴史の研究者であると同時にJASE嘱託でもあった茂木輝順・SBC東京医療大学准教授には、専門的な立場から有益なアドバイスをいただいた。前述のように、民博の資料整理については、土田陽子・帝塚山学院大学教授と守如子・関西大学教授にご尽力いただいている。性科学関係の約6,000枚のスライドをスキャンしJPGファイルとして保存した際に手伝ってくれた学生諸君にも感謝したい。
さらにJASEでの調査票の整理という煩瑣な作業には、明治大学大学院・明治大学・立正大学の学生諸君が熱心に参加してくれた。学生諸君をご手配くださった明治大学の佐々木掌子准教授と立正大学の石川由香里教授にもあわせて深謝したい。また同時に朝山の性教育の講演を聞いた高校生の感想文も多数見つかった(朝山は当時、調査対象となった高校で性教育の講演もして、その感想文を書かせていた)が、そのスキャンならびにデータ入力については、東北学院大学の学生の手を煩わせた。この感想文は、朝山の性教育を当時の生徒たちがどのように受け止めたかを知る貴重な資料ではあるが(しかも、その中には感想文に対する朝山のコメントも書き込まれている)、分量が膨大であるため、このブックレットには収めていない。いずれ内容分析(テキスト・マイニングなど)をしたうえで、その結果を公表したいと考えている。
こうした6年にわたるプロジェクトによって、本書はできあがっているが、これによって従来はあまり知られてこなかった朝山新一博士の性科学や性教育への貢献の一面に新たな光を当てることができれば、望外の喜びである。
2024年12月
執筆者を代表して 片瀬一男