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編集・発行/日本性教育協会(JASE)

朝山新一

コラム2

朝山新一による成人期の性行動調査

片瀬 一男 

生徒・学生の性行動調査の意

〔性の〕解放がもたらす意味は、個人的なことがらの《徹底した民主化》の可能性として、むしろ手続きという観点から効果的に理解していくことができる。私見では、性の解放について論ずることは、性の〔男女間の〕民主制について論ずることである。

A.ギデンズ『親密性の変容―近代社会におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム』而立書房、268ページ、〔 〕内引用者補足。

 冒頭に引いたのは、イギリスの社会学者・アンソニー・ギデンズの『親密性の変容』の結論部(Giddens 1992=1995: 268)にある文章である。同書は、ドイツの ニクラス・ルーマンの『情熱としての愛』(Luhmann 1982=2005)とならんで、現代社会学における性愛の歴史社会学的研究の到達点を示すものと言える。同書の中で、ギデンズは近代初頭に成立した「恋愛・結婚・性」を規範的な三位一体とする「ロマンティック・ラブ」の観念は、親族関係や家の維持・再生産の義務から夫婦の情愛を切り離したとする。しかし、「ロマンティック・ラブ」は、19 世紀ビクトリア朝期のキリスト教信仰復興運動(1)を背景として、「永遠」で「唯一無二」の男女関係という抑圧的な特質を伴った。その結果、同時期に起こった産業革命によって職住分離が進行するなかで、男性たちが外の職場(工場)に働きに出て行くと、女性たちを家族という「女たちの居場所」に押し込める働きをし、性別役割分業にもとづく「近代家族」を成立させた。

 しかし、現代の若い世代では、性別役割分業が解体しつつあるので、「ロマンティック・ラブ」は忌避されるようになり、これに代わって、「純粋な関係性」のみにもとづく「コンフルエント・ラブ」が選好されるようになった、という。ここでいう「純粋な関係性」とは、関係を取り結ぶこと自体が目的となっている「性的にも感情的にも対等な関係」(Giddens 1992=1995: 12)を言う(2)。コンフルエント・ラブのもとで、不平等な男女関係の解消が徐々に進められ、家族計画の普及やピルの導入、人工授精技術の発展などの社会的・技術的前提が整備されたため、セクシュアリティと生殖が明確に分離され、生殖をともなわない性、親密圏における快楽のみを目的とした性行為――ギデンズの言葉を使うと「自由に塑形できるセクシュアリティ」が制度的に認められることになった。

 すでに前章で見てきたように、朝山新一の性行動調査は、当時の文部省の観念的・道徳主義的な「純潔教育」――それは戦前期の性道徳にあったように、女性のみに「処女性」を求める性教育—―に抗して(3)、科学的知見にもとづく民主的な性教育のための基礎資料を提供することで、対等な男女関係を築くことを目的としていた。そのために、朝山は前章巻末の付表にあるように、1948 年から主として京阪神の高校生・大学生を対象として精力的に性行動調査を開始し、その成果の一部は朝山(1957)に結実した。

青年勤労者の性行動調査

 ただし、注意が必要なのは、この時期、並行して同年代の社会人を対象とした性行動調査も行われていたことである。この時期、朝山が学生・生徒以外を対象に調査を行ったのには、それなりに理由があったと考えられる。それは当時の進学率の低さである。図1に戦後の高校・大学進学率の推移を示した(( )内が高等教育進学年)。

グラフ「進学率の推移」

図1 進学率の推移 出典:(尾崎 2002: 128)より作成

 これによると、朝山が性行動調査を始めた 1950 年代前半は高校進学率も男子で 50%程度、女子も40~50%程度であった。また4年制大学と短大を合わせた高等教育進学率も、男子でも 10%程度、女子では数%にすぎなかった(4)。したがって、高校や大学で調査をしても、捕捉できるのは高校生相当年齢でも5割弱、大学生相当年齢では男子で1割程度、女子に至っては9割以上が捕捉できないことになった。それを補充する意味で、とくに 1956(昭和 31)年に社会人に対する性行動調査を集中的に行っている。前章付表の調査 No.30~33にある4つの調査では、いずれも20 歳代の青年勤労者を対象とした調査であった(合計で男性194 名、女性 264 名、総計 458名)。このうちNo.30のサンプルは、関西圏の綿・繊維工場で働く青年層で、女性(当時の言葉では「女工」)が 80.6%を占め、そのほとんどが地方出身で女子寮から通勤していた。次にNo.31のサンプルは大阪市内の官公庁や銀行・デパートに勤務する事務系の労働者で、女性占有率は 78%とここでも高い。これに対して、No.32のサンプルは、全員が男性である。最後に、No.33には、大阪市とその周辺の 53 の労働組合から聴講者が参加しており、職種も技術・専門職から事務職、ブルーカラー層まで多岐にわたるうえに、男女比も男性 127 名(うち既婚者 38 名)に対して、女性 40 名(既婚者は5名)と小サンプルながら比較的バランスが取れていたので、朝山(1947: 85-116)はこのサンプルを中心に、適宜、他の群の結果との対比を交えて、この時期の青年層の性行動と意識の特徴を描きだしている。

 それによると(5)、このNo.33では学歴では中卒が男子で 18%、女子で 11%、高卒が男子で 63%、女子では 64%、大卒が男子で 18%で、女子ではなしであった。また、生育地は大都市部が男子 73%、女子 89%で最も多かった。職種は、事務系は女子で多く(男子で 47%、女子で 66%)、ブル-カラーは男子で多かった(男子で 46%、女子で23%)。月収は女子の方が低く、1万円以下は男子では約5割いたが、女子では9割になっていた。

 このNo.33の性的経験については、まずキス経験は図 2 のようになっていた。これによると、16-20 歳では女性の経験率が 5 ポイントほど上回っているが、それ以降の年代では男性の経験率が急速に上昇しており、26-30 歳では男性の70%に対して、女性は 50%と 20 ポイントの差がついている(6)

グラフ「男女別に見たキス経験率」

図2 男女別に見たキス経験率 出典:(朝山1957:93)より作成

グラフ「男女別に見た性交経験率」

図3 男女別に見た性交経験率 出典:(朝山1957:93)より作成

 次に図3には、同様にして性交経験率を示している。キス経験とは異なり、 16-20 歳の時点で男性の経験率が女性を上回っており、その差は年齢段階が上昇するほど拡大していく。26-30 歳の段階では、男性 70%に対して、女性で 25%と、45 ポイントまで差が開く。これは女性に比べ男子では既婚者が多かったことも影響していただろうが、それ以上に大きいのはいわゆる「赤線」の利用である。初交の相手を見ると、女性ではブルーカラー、ホワイトカラーがそれぞれ4割ずつ、残り 2 割が学生となっているが、男性の場合は8割近くが「赤線」または「青線」の女性である(7)。またこのNo.33の男性独身者に「赤線」の利用経験を聞くと 58%までが利用経験があった(「赤線」経験率は、10 代では 28%であったが、これも年齢段階が上がるにつれて増加し、26-30 歳では 70%を超えていた)。このことに関して、朝山(1957: 106)は、男性独身者への聴き取り調査をもとに次のように述べる。すなわち「彼らは決して喜んで赤線を経験するのではないといった。一日中、女気のない職場にいて、帰ればサクバクとした生活である。異性と交際する機会もない。二十六、七才にもなって結婚できるだけの経済力もない。心理的なイラダチと性的な圧力が、彼らを赤線においやるのだ」。それゆえ、「彼らの道徳性を非難することはできない、その前に勤労青年たちの生活を、正常な結婚生活に運ぶことを阻んでいる基本的な問題のあることを忘れてはならない」と朝山は言う。他方、女性の経験率の低さについては、繊維産業の工場に勤務する女性工員からなるNo.30でとくに低いことから、地方出身で女子寮に住み込み、女性だけからなる職場で働いているという職域の性別分離が影響していると見ている。つまり、この時期の勤労男女にとっては、職場などにおける交際機会の剥奪が性行動の制約をもたらしているという(8)

 そこで朝山は、恋愛経験の有無/何らかの性的接触(この中には一緒に散歩するといったデート経験も含まれる)の組み合わせから、4つのパターンを作成し、その分布を男女別に集計している。その結果が図4である。これによれば、恋愛経験も何らかの性的接触もないという者は男女とも25%にすぎず、恋愛経験も性的接触もあるという者が男性で 63%、女性で 46%と最頻値となっている。そこで、この恋愛経験のある者に性的接触の内容を尋ねると、男性では 83%キス経験、71%が性交経験、また女性では 69%がキス経験、31%が性交経験と答えており(朝山 1957: 105)、この時代でも恋人がいるとキスや性交に進む者が多くを占めていたことが分かる。前章でも述べたように、この時期の性教育の基本方針は「純潔教育」すなわち結婚までの性的交渉を抑制または禁止するものであった。しかし、この性教育の方針がいかに当時の青少年の性行動の実態とかけ離れた「画餅」であったかは、この朝山の調査によって明かされたものと言える。

グラフ「恋愛/接触経験の有無」

図4 恋愛/接触経験の有無
出典:(朝山 1957: 107)より作成

グラフ「独身者の男女別に見た婚前性交への態度」

図5 独身者の男女別に見た婚前性交への態度
出典:(朝山 1957: 113-4)より作成

 このことはまた、朝山調査における「婚前性交」に対する独身男女の態度の集計結果(図5)からも裏付けることができる。これによると、「恋人ならよい」「婚約者ならよい」と婚前性交を肯定する者は、男性で 33%、女性では 45%で、女性の方で 12 ポイントも高い(とくに「婚約者ならよい」という回答は男性の 9%に対して、女性では 28%と高率を示している)。これに対して、「いけない」「どんな場合でもいけない」の合計は男性では 41%だったのに対し、女性では 38%に留まっている(9)。この点から見ても、当時の文部省の「純潔教育」が青少年の意識の実態とは乖離したものであったかが分かる(10)

成人既婚者の性行動調査

 以上紹介してきた 1956 年の青年勤労者の性行動調査後も、朝山は成人既婚者を対象とした調査を行ってきた。前章の付表を見ると分かるように、翌年の 1957 年には「独身(既婚)女性性生活調査」(対象は成人女性 325 名)を行っている。また、1958 年には農村男性性生活調査(対象は成人男性 60 名)と「農村女性性生活調査」(対象者は成人女性 48 名)を実施している。さらに大阪市立大学退職後も、たとえば 1976 年には自由記述による母親調査、同年には小学校 6 年生(男児 124 名、女児 40 名)を対象として性知識に関する調査も実施するなど、その調査の範囲を拡大している。

 これらの成人の調査のなかでも、時代を反映するという意味で注目に値するのは、1つは 1957 年の「独身(既婚)女性の生活調査」である。これは戦争未亡人を含むかつて結婚していて夫と離死別した女性の生活調査である(調査票は前章付表の調査 No.44)。戦後 10 年以上経って、戦争未亡人の男女関係などをテーマにした映画が上映されるようになったが(11)、それが彼女らの生活実態を正しく伝えているか朝山は疑問に思っていた。そうした折に、大阪市の未亡人連合会などから「未亡人の生理」というテーマで講演を頼まれたので、その講演のあとアンケートを行った。受講者は 220 名あったが 186 票の有効回収票を得ている。年代は 30 歳代から 40 歳代が中心で 7 割以上が見合い婚、2 割が恋愛結婚、1 割が親の決めた許嫁婚であった。彼女らのうち 22.5%は夫との死別後、性的欲求は感じるが、その後、男性との性的接触をした者はいなかった。また自慰などの方法で性欲を処理するという者も、アメリカのキンゼイ報告(Kinsey 1953=1954)に比べてもはるかに低い。他の男性との接触や性的欲求を抑えている理由については、51%が「子どものことを考えて」、29%が「道徳から」と答えている。彼女らの楽しみは残された子どもの成長ではあるが、学費のことなども含めて経済的問題が目下の生活不安の中心となっていた。これを踏まえて、朝山(1957: 187)は次のように書く。「未亡人に加えられる後進的な道徳通念と、けわしい生活難のために、物心両面の苦しみをもっているこの人たちのために、社会の温かい目と、さらには適切な社会保障がほしい」。

 もうひとつ注目に値するのは、1958 年に行われた農村男女の性生活調査(調査票は前章付表の調査 No.45)である。この調査に関する朝山の分析結果は、残念ながら管見の限り見つかっていない。しかし、これまで触れてきた調査がいずれも都市圏の成人を対象とした調査であるのに対して、この調査は、数少ない農村男女の調査であるので、残された調査票の内容から、朝山の意図を推測してみよう。というのも、1950 年代から 60 年代における日本社会(ひいては日本の社会科学)における最大のテーマは、いわゆる「封建遺制からの脱却」であった。とくに明治民法によって規定された家父長主義的な「家制度」(社会学では現在の「家族」と区別して「イエ」と呼ぶこともある)が、天皇を頂点に偽装した「国家家族観」 (牟田 1996)のもと、全体主義的な国家体制の基盤となったという指摘がなされ、地主制や財閥の解体、学校制度の改革などといった制度的・経済的変革だけでなく、日本人の日常生活を支配していた封建的慣習、たとえば「良妻賢母規範」(小山 1991)を解体し、家父長制支配を脱した男女平等の民主的家族を作り上げることが、日本社会の民主化に資するものと主張された(川島 1950) 。

 こうした時代の問題関心に照らしても、農村男女の性生活に関する朝山の調査票は示唆に富んでいる。以下に女性票を中心にその設問項目のみを紹介すると、まず結婚した経緯(夫婦の年齢、間柄、見合い婚か/恋愛結婚かなど)や夫の軍隊経験の有無、結婚以前の他の男性との恋愛経験や性的接触の有無から始まり、夫婦の初交とその状況(時期、場所、感想など)、オーガズムを最初に感じたとき、妊娠および中絶の経験、新婚時および現在の性交頻度、避妊とその方法、夫婦の寝室の有無、性交に要する時間、前技・後技の有無とその内容、よく用いる体位、性生活への満足度、他の異性との性的接触の有無など多岐にわたっている。これらの項目を用いて朝山がどのような分析を試みようとしていたかは今は推測するしかないが、青少年の性行動の研究を通じて、今後は家父長主義的な見合い婚に代わって恋愛結婚が主流になると予想していた朝山は、はたして恋愛結婚が平等で自由な夫婦生活の実現をもたらすかどうか明らかにしようとしていたようにも考えられる。

 冒頭の引用に戻ると、ギデンズの言うように、男女関係という親密圏における対等な関係構築こそが、性の解放の真の意味であるとするならば、朝山が問題にしていたのは、ギデンズの言う「純粋な関係性」にもとづく「自由に塑形できるセクシュアリティ」が戦後の世代によって構築できるのか、という問いかけであったろう。

【注釈】
(1) イギリスのプロテスタント教会に端を発する信仰復興運動の中心理念は「価値観市民的(リスペクタビリティ)」と呼ばれる。それは「セクシュアリティに対する適切な態度はもちろんのこと、「礼にかなった正しい作法と道徳」の尊重を意味した(Mosse 1985=1988: 9)。それはまず産業革命期に勃興しつつあったイギリス中産階級(自営業層)において禁欲主義的な「資本主義の精神」(Weber 1906=1989)の基盤となった。それはやがて、アメリカやドイツに広まっていったが、その厳格な道徳主義は20世紀アメリカでは「禁酒法」を生み、ドイツでは国民主義(ナショナリズム)と結びついてユダヤ人排斥運動を生んだ(Mosse 1985=1988)。

(2) これとほぼ同じ事態をルーマン(Luhmann 1982=2005)は「愛の自己準拠」と呼んだ。それは、愛は愛によってのみ根拠づけられるという事態である。ただし、ルーマンにとって、愛は個人の内部にある「感情」ではなく、「一般化されたコミュニケーション・メディア」すなわち貨幣や権力などと同じく社会関係を成立させるメディアである。しかし、「愛」というメディアには、つねに二者間の選択と動機づけの相互不一致による不確実性が伴う。というのも、どんな親密な者同士の関係にあっても、一方の者の行為選択の成否はもう一方の他者の行為の動機づけに依存し、条件づけられているが、その他者の選択行為は自分とは異なる他者の行為であるので、原理的に予測不可能である。

(3) この「純潔教育」の誕生については、前章を参照。1946年末のGHQ民間情報局との交渉で、文部省(当時)は性教育をいわゆる「私娼」対策としての社会教育から、男女共学の実施を前提にした学校教育の対象へと移し替えられていったと考えられるが、この時、GHQが提示した男女平等を含む「健全性教育(wholesome sex education)」は「純潔教育(purity sex education)」へと方向転換させられていった。

(4) 内閣府男女共同参画局の集計(https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h30/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-05-01.html)によれば、高等教育進学率は、たとえば1954(昭和29)年の場合、男子は13.1%、女子は5%にすぎなかった。また高校進学率も1950(昭和25)年時点で、男子で48.0%、女子で36.7%に留まっていた。

(5) なお、この調査で用いられた「性生活調査票(E)」の項目は、前章末付表 No.20~33を参照。

(6) 初めてのキスの相手としては、男性の場合、事務系の労働者が4割を占め最も多くなっているが、女性の場合は、ブルーカラー男性が46%、事務系男性が約40%で、女性では男性に比べてブルーカラーの男性が相手となるケースが多いという(朝山 1957:93-94)。

(7) この「赤線」および「青線」については、前章参照。このうち「青線」の女性が「私娼」にあたる。

(8) とはいえ、直近の「第8回青少年の性行動全国調査(2017年実施)」の結果(日本性教育協会 2019: 226-227)から見ると、キス経験率は高校生男子で31.9%、女子で40.7%、また性交経験も高校生男子で13.6%、女子で19.3%である。したがって、これを朝山調査の16-20歳の経験率と比べると、キス経験率は男女とも大きな差異はなく、女子の性交経験率にも差異はない。男性の性交経験率のみが、赤線利用のせいもあり、朝山調査では28%と倍以上となっている。

(9) 男性の「その他」には「赤線ならかまわない」という回答がかなり含まれていた。

(10) なお婚前交渉に対する態度は、「青少年の性行動全国調査」第 3 回調査(1987年)、第 4 回調査(1993年)でも調べられている。このうち、第3回調査の大学生では「どんな場合でもいけない」が男子で4.5%、女子で10.4%に対して、「結婚が前提ならかまわない」が男子で9.3%、女子で18.2%、「愛しあっていればかまわない」が男子で31.4%、女子が28.3%、さらに「お互いに納得していればかまわない」が男子で52.8%、女子で41.3%であった。女子の方が若干、婚前性交に否定的ではあるが、結婚や愛情といった留保条件を付けた場合も含めると、この時期、婚前性交を肯定する意見は大学生男子で93.5%、女子では87.8%とほぼ9割の者が婚前交渉を是認していたことになる(日本性教育協会 1988: 183)。

(11) 朝山(1957: 159)が例示しているのは、1956年3月に公開された東宝映画『愛情の決算』である。この作品は、『別冊文芸春秋』に掲載された今日出海の小説『この十年』を井手俊郎が脚色し、佐分利信が監督した作品であり、主な出演者は佐分利信、原節子、三船敏郎、八千草薫などであった。夫の戦死後、その上官だった男性と結婚した女性が、その再婚が愛情ではなく同情によるものであることに気づき、夫と子どもを残して元の夫の戦友だった男性と再々婚するというストーリーであったという(https://moviewalker.jp/mv24575/)。

【文献】
朝山新一, 1957,『性の記録』六月社.
Giddens, Anthony, 1992, The Transformation of Intimacy:Sexuality, Love and Eroticism in Modern Societies. Polity Press(=1995, 松尾精文・松川昭子訳『親密性の変容―近代社会におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム』而立書房).
川島武宜, 1950,『日本社会の家族的構成』日本評論社,1950.
Kinsey, Alfred C, 1953, Sexual Behavior in the Human Female, Philadelphia, W.B. Saunders(=1954,朝山新一ほか訳『キンゼイ報告女性篇 人間女性における性行動』コスモポリタン社).
小山静子, 1991,『良妻賢母という規範』勁草書房.
Luhmann, Niklas, 1982, Liebe als Passion: Zur Codierung von Intimitaet, Suhrkamp(=2005, 佐藤勉・村中知子訳,『情熱としての愛―親密さのコード化』木鐸社).
Mosse, George, L.,1988, Nationalism and Sexuality: Middle:Class Morality and Sexual Norms in Modern Europe. The University of Wisconsin Press(=1996,佐藤卓己・佐藤八寿子訳『ナショナリズムとセクシュアリティ―市民道徳とナチズム』柏書房).
牟田和恵, 1996,『戦略としての家族―近代日本の国民国家形成と女性』新曜社.
日本性教育協会編, 1988,『中学・高校・大学生の性行動白書』(『別冊教育技術』10月号)小学館.
――――, 2019,『「若者の性」白書―第8回青少年の性行動全国調査』小学館.
尾嶋史章, 2002,「社会階層と進路形成の変容―90年代の変化を考える」『教育社会学研究』70: 125-142.
Weber, Max, 1906, :Die protestantische Ethik und der “Geist” des Kapitalismus .Gesamerte Aufzatze zur Religions soziologie.Bd1.SS.17-206.(=1989, 大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波書店). 

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