JASE e-booklet

編集・発行/日本性教育協会(JASE)

コラム1

『性の署名』にまつわるエトセトラ

東 優子

セクソロジー界の巨人

 朝山新一は、生涯に計4冊、セクソロジー(性科学)に関するところでは2冊の訳書を手がけている(監修などを除く)。1冊目は『キンゼイ報告女性篇:人間女性における性行動』(1953=1954)で、もう1冊がジョン・マネー(John W. Money)の『性の署名: 問い直される男と女の意味』(1975= 1979)である。1978年に朝山が急逝したため、翻訳を完成させたのは息子夫婦の朝山春江と朝山耿吉である(1)。朝山新一の思い入れについて、春江は次のように語っている。「舅の朝山新一は、JASEの『現代性教育研究』や他の書物でも性科学の小論文を発表していまして、性科学の発展動向について述べる際には必ずマネー博士のお名前を引用していたんですね。特にGender-Identity/Role(ジェンダー・アイデンティティー/ロール、略してG-I/R)の概念について説明していたのですが、それを本という形で紹介したいという要望がありました」(宮原・朝山 1991: 60)。

 ジョン・マネー(1921-2006)は、「人間のセクシュアル・アイデンティティの心理的側面を説明する言語を提供した最初の科学者」(2)で、20世紀末のセクソロジー界を席巻した重鎮である。その膨大な業績は、マネーとの共著もあるアンケ・エアハルト(Anke A. Ehrhardt)のカウントで2000点、インディアナ大学キンゼイ研究所に収蔵されている「ジョン・マネー・コレクション」だけでも、学術論文402本、レビューおよび論説140本、書籍の章95本、書籍48本など、1,192本にのぼる(Lehne 2007)。そしてその多くが様々な言語に翻訳されている。

『性の署名』(1975=1979)

『性の署名』の原書Sexual Signatures on Being a Man or a Woman(1975)は、マネーが54歳の時に出版された。「問い直される男と女の意味」という邦訳本の副題どおり、遺伝学、発生学、内分泌学、神経内分泌学、心理学、人類学を駆使して、これまで自明視されてきた性差を徹底的に精査した上で、新たなジェンダーの発達モデルを提示している。すなわち、胎生期の性分化でさえ、「男女という2本のまったく異なった道があるのではなくて、実は、われわれ一人一人が男性あるいは女性のどちらかに方向づけられて進む、いくつかの分岐点を持った道が1本あるだけ」(Money 1975=1979: 13)、性役割行動やアイデンティティのありようは、出生後の養育環境に大きく左右される、と論じた。『性の署名』というタイトルには、人間の性のありようは、署名文字(自署)と同じで「十人十色」、一人一人異なる、という意味が込められている 。

 このように書くといかにも難解な専門書に聞こえるが、そうではない。同書は、現・コロンビア大学医療心理学教授であるエアハルトとの共著Man & Woman, Boy & Girl(1972)を一般向けに書き直したものである。性科学の専門的な内容を難解な学術用語を用いることなく伝える工夫として、『性の署名』の共著者にはジャーナリストのパトリシア・タッカー(Patricia Tucker)が迎えられた。「日本の学者にはとても書けない、一般の人への啓蒙としてもすばらしい本なのだから、できるだけ多くの人に読んでもらいたい」と朝山が願ったとおり、1979年に出版された翻訳版は「この種の書物として例外的な発行部数」(朝山・朝山 1987: 323)を記録し、様々な分野で繰り返し引用される古典的文献となった。かくいう私も、『性の署名』と出会い、卒業論文のテーマを「ジェンダー・アイデンティティの形成と言語習得」にしたほど、多大な影響を受けた一人である。

小児心理分泌学の誕生

 ニュージーランドの地方都市モリンズビルに生まれたマネーは、小学校教師の見習いをしながら、ウェリントンのヴィクトリア大学で教育学と心理哲学のダブル・ディグリー修士号)を取得し、オタゴ大学の下級講師として哲学と心理学を教えた後、26歳の時に、恩師アーネスト・ビーグルホール(Ernest Beaglehole)(3)の影響で渡米を決意する(Goldie 2014)。渡米後、マネーは最初の1年をピッツバーグ大学精神医学研究所の臨床心理のレジデントとして過ごし、その後、ハーバード大学大学院(医療心理学専攻)に進学する。オタゴ大学時代に聴講したジョン・エックルス(John C. Eccles)(4)の講義で脳と心理学の関係を学び、大学院でも遺伝学、内分泌学、性科学へとさらに学問領域を広げていった。その一方で、ボストン市内の精神科で臨床も続け、そこで「半陰陽」(5)の存在を知ったマネーはこれに魅了され、Hermaphroditism : an inquiry into the nature of a human paradox(半陰陽:人間のパラドックスの本質への探求)という題目で博士論文を執筆した。そして1952年、学位を取得すると同時に、ジョンズ・ホプキンス大学に採用されることになる。

 ジョンズ・ホプキンス大学には、当時すでに「世界初」の小児内分泌科クリニックが開設されていた。創設者は、先天性副腎過形成症(con-genital adrenal hyperplasia: CAH)の治療法を確立したことで有名なローソン・ウィルキンス(Lawson Wilkins)である。二人の出会いはマネーがまだ大学院に在籍していた時で、内分泌疾患をテーマとする博士論文に取り組んでいた彼をウィルキンスがクリニックに引き抜いたのだという(Migeon 2014)。後に小児心理内分泌学(Pediatric Psycho-endocrinology)の開拓者となるマネーは、「内分泌学については、すべてこのクリニックで知識を得ました。半陰陽から入っていったわけなので、心理内分泌学からセクソロジー(性科学)に関わったと思っています」(宮原・朝山, 1991: 59-60)と語っている。

 心理・ホルモン研究部門では、マネー、精神科医のジョーン・ハンプソン(Joan G. Hampson)とジョン・ハンプソン(John L. Hampson)の3人が研究チームを組むことになった。そして彼らは3年半の研究期間を経た後、1955年と1956年、立て続けに6本の論文を発表する(Hampson, Hampson and Money 1955; Money 1955; Hampson 1955; Money, Hampson, and Hampson 1955a; Money, Hampson, and Hampson 1955b; Money, Hampson, and Hampson 1956)。彼らが一貫して主張したのは、内分泌疾患のある患者の性役割(行動)は生物学的な決定要因だけでなく、その子が育った性別に左右されるということだった。ウィルキンスは、主著Pediatric Endocrinology第2版(1957)の序文で次のように述べている。「私たちは、ジョシア・メイシー・ジュニア財団からの特別助成金により、小児内分泌学者グループと、心理学と精神医学のチーム、ジョン・W・マネー博士、ジョーン・G・ハンプソン医学博士、ジョン・L・ハンプソン医学博士と一緒に仕事ができるという幸運に恵まれた。彼らの研究と、様々なタイプの内分泌疾患をもつ患者が直面する心理的な適応問題のマネジメントは、私たちと患者にとって非常に有益なものだった。身体および性的な発育の正常な発達過程からの逸脱を引き起こす内分泌疾患は、環境、ホルモン、染色体といった要因が心理的なパターンの決定にどのような役割を果たすのかを評価する絶好の機会を提供するものであり、彼らの研究から得られた発見のいくつかは、性心理的発達の基本概念に多大な影響を与えるものとなった。」(Migeon 2014: 13)。そしてこの、非典型的な性的特徴をもって生まれてきた児の性心理の発達を説明するためにマネーによって生み出された新しい概念が、ジェンダー・ロール(役割)である(Money 1955)。

ジェンダー概念の「生みの親」

 当時、人間の性を説明する用語といえば、セックス(sex)ぐらいしかなかった。マネーは、言語学上の分類概念だったジェンダー(gender)を人間の性のありようを説明する用語に使用した最初の人物であり、それゆえに「ジェンダーを発明した男」(Goldie 2014)とも呼ばれる。

「男の子または男性、女の子または女性としての地位を明らかにするために、人が発言または行動するすべてのもの」と定義されたジェンダー・ロールは、後に、ロールとアイデンティティは表裏一体の関係にあるとして、Gender-Identity/Role(ジェンダー・アイデンティティ/ロール、略してG-I/R)概念に発展した。そしてそれは、次のように説明された。「ジェンダー・アイデンティティはジェンダー・ロールを個人的に経験することであり、ジェンダー・ロールはジェンダー・アイデンティティを公然と表現することである。ジェンダー・アイデンティティとは、男性(male)として、あるいは女性(female)として、もしくはアンビバレントな者としての、ある人間の個性の統一性、一貫性、持続性である。その程度については関わりなく、またとくに、自己洞察および行動において経験される場合について言われる。」(Money 1980=1987: 344)。

 ちなみに、ジェンダー・アイデンティティという概念を最初に提唱したのは、精神分析家ロバート・ストーラー(Robert J. Stoller)である(6)。「私(マネー)が初めてジェンダー・アイデンティティという言葉に出会ったのは、1960年代のはじめ、同性愛を精神病理学として公式に分類することを否定した研究(1957;1958)で有名なエヴリン・フッカー(Evelyn Hooker)博士との往復書簡の中である(中略)UCLAの精神分析家たちの議論は、それからかなり後になってストーラーとの電話で聞いた」(Money 1995: 23)という。ストーラーもまた、1950年代からインターセックスの臨床に携わってきた臨床家で、仲間の精神分析家たちと事例検討を重ねていた。ジェンダー・アイデンティティ概念を最初に発表したのは、1963年にストックホルムで開催された国際精神分析学会(第23回)総会で、ラルフ・グリーンソン(Ralph R. Greenson)が共同研究者に名を連ねている。そして翌年出版された二次抄録に「ジェンダー・アイデンティティとは、自分がどの性別に属すると思っているかという感覚、すなわち『私は男だ』あるいは『私は女だ』という認識である」との定義が掲載されている(Stoller 1964)。

ホプキンス・プロトコル

 マネーらが1955年と1956年に発表した6本の論文は、インターセックス児に対する治療の主要なガイドラインとなり、後に「ホプキンス・プロトコル」と呼ばれるようになった。基本的な考え方は、以下の3点に集約される(7)

① 出生時の性心理はニュートラルな状態にあり、男女どちらに育つかは出生時の状態(nature)ではなく、どのように育てるか(nurture)にかかっている。(ローレンツの「刷り込み」に擬えて説明された。)

② ジェンダー・アイデンティティ形成の臨界期は、生後18~24か月であり、それ以降は性別を変更してはならないし、しようとしてもできない。(トランスジェンダーのありようなども、その証左であるとされた。)

③ 健全な性心理の発達は「ふつうの見た目」をした外性器と密接に関係している。(そのため、出生時に割り当てられた性別に一致させるための、早期性器手術=性別再割り当て手術が奨励された。)

 1961年にハンプソン夫妻がジェンダー・アイデンティティ研究から離脱し、1963年にウィルキンスが亡くなった後、マネーが注力したのは、成人のトランスジェンダーにSRS(性別再割り当て手術)を提供するクリニックの創設だった。当時の米国では、SRSの実施がインターセックスの治療に限定されており、身体変容を望むトランスジェンダーは米国外で手術を受けていた。しかし1952年、デンマークで性別適合手術を受けたクリスティン・ジョーゲンセン(Christine Jorgensen)が帰国して「時代の寵児」となり、彼女の主治医となったハリー・ベンジャミン(Harry Benjamin)が治療プロトコルを確立するなど(Benjamin 1966)、米国内の事態は大きく変化した。マネーにとっても、彼女のような「トランスセクシュアル」(と呼ばれていた人々)は、ジェンダーの発達には先天的要因よりも社会的要因の影響が大きいとする自説を証明してくれる存在だった。そして1965年、全米初となるジェンダー・アイデンティティ・クリニック(GIC)がジョンズ・ホプキンス大学に創設された(8)

「ブレンダの悲劇」

「マネーの双子」としてつとに有名なデイビッド・ライマー(David Reimer)も、ホプキンス・プロトコルに則って「治療」された一人である(コラム3を参照のこと)。匿名性を担保するためにハンプソン夫妻の名前をとってJohn/Joan事例と呼ばれたこの事例の初出文献は、『性の署名』の元ネタとなったMan & Woman, Boy & Girl(1972)である。

 1963年10月、田舎の若い夫婦が一卵性双生児の男児を割礼のため医師のもとに連れて行った。電気焼灼針を使った最初の手術で、サージ電流が赤ちゃんのペニスを焼き切った。この悲劇に絶望した両親は、性の専門家から次のようなアドバイスを受けた:「赤ちゃんを女の子として育てなさい。」この実験はどうやら成功したようだ。形成術に助けられ、娘として育てられた(かつて普通の男の子だった)赤ちゃんは、少なくとも心理的には9歳の女の子に成長した。(中略)この劇的なケースは、先週の米国科学振興協会ワシントン会議で、医療心理学者のジョン・マネーが紹介したもので、女性解放論者の主要な主張である、従来の男性的行動パターンや女性的行動パターンを変えることは可能であるということを強力に支持している。(中略)マネーは、ほとんどすべての違いは文化的に決定されたものであり、したがって任意であると確信している。ジョンズ・ホプキンスの心理学者は、先週出版された本で性役割(sex role)学習に関する見解をさらに詳しく述べている。

(TIME, January 8, 1973)(9)

Man & Woman, Boy & Girlは、ニューヨーク・タイムズ紙の書評でも「社会科学の分野で『キンゼイ報告書』以来の、社会科学分野で最も重要な報告書である」(10)と絶賛された。

 この事例はG-I/Rの発達に関するマネー理論の有力な証拠として報告され、また引用されてきた。『性の署名』(1975=1979)にも「12歳の少女」に成長したブレンダが登場する。しかし、1990年代、それまでの報告とは異なる「真実」が明らかとなったことで、マネーの評価は一変する。批判の先陣を切ったのは、私の恩師であるミルトン・ダイアモンド(Milton Diamond)である。

 とくにジャーナリストのジョン・コラピント(John Colapinto)がこれを記事化(Colapinto 1997)して以降、世界中のマスコミがこれをセンセーショナルに取り上げ、日本でもジェンダー・フリーバッシングに利用される事態にまでに発展した(11)。明らかになった「真実」とは、9〜10歳にして自分は女の子ではないと確信し、13歳で「診察に連れて行こうとするなら自殺する」と両親に告げるほど精神的に追い詰められていたこと、またそうであったにもかかわらず、マネーらは(性別違和の解消になるという理由で)計画されていた造膣術の実施を急ごうとしていたなど、想像を絶する内容だった(Diamond & Sigmundson 1997)。15歳までに男子としての生活を取り戻したデイビッドだったが、一卵性双生児の兄弟が二人揃って若くして命を落とすという、最悪の事態になった(Collapinto 2000)。

 激しい批判にさらされたマネーの晩年は、リチャード・グリーン(Richard Green)に言わせれば「悲劇的」なものだった(12)。ジョンズ・ホプキンス大学でマネー助教授(=当時)の「最初の教え子」だった彼は、世界中のマスコミが酷評するマネーを表舞台で擁護し続けた唯一のセクソロジストである。2004年にBBCが放送した番組「マネー博士とペニスのない少年」(13)でも、マネーが亡くなった後の2006年のニューヨーク・タイムズ紙の取材でも、「当時、その分野で知られていたことを踏まえると、マネーは取るべき行動について正しい判断を下したのです。後から振り返って、あれは間違っていたと言うのは簡単ですが、私とて(当時)同じことをしたでしょう。」(Green 2006: 631)と繰り返した。

小児心理分泌学者としての矜持

 ジェンダーという言葉が現在のように広く社会に定着したのは、1970年代以降の女性学やジェンダー研究によるところが大きい(舘 1998)。しかし、『性の政治学』(1969=1985)の著者ケイト・ミレット(Kate Millett)がインターセックスに関する研究を引用し、「出生時に男女の区別はない。したがって、心理的な人格は出生後に学習されるものである」(Millett 1969: 54)と論じ、ジャネット・ハイド(Janet S. Hyde)が「マネーは、人間は生まれながらにして『心理的に中立』であり、性自認は環境と学習によって生み出されると主張している」(Hyde 1990: 81)と引用しているなどの例をはじめとして、1950年代に遡るマネーらの研究は、ジェンダーの社会構築性を示す「動かぬ証拠」として様々な文献で長く、繰り返し引用されてきた。

 ジェンダーの発達機序に関して、マネーが(少なくとも初期の研究においては)先天的要因を社会的要因よりも著しく重要度が低いとみなしていたのは事実であるが、彼の研究の中心は常に、ホルモンがどのように性心理状態や性役割行動を規定するかということにあった(Migeon 2014)。そのことは、「正確に言えば、マネーは折に触れて、生物学的および出生前の要因を考慮することの重要性と、それらが個人の性別役割や性指向の形成に与える影響について言及している」(Diamond 1996: 139)として、早くからマネー理論を批判してきたダイアモンドも認めている。ジェンダーの発達をめぐる議論で、社会構築主義者の代表格のように扱われてきたマネーだが、彼自身が「ジェンダー」を単に文化的ステレオタイプや社会化に起因する男女の違いを意味する言葉として使用したことはなく、社会構築主義者として担ぎ出されることについては、嫌悪さえしていた。社会的・文化的ジェンダーを生物学的なセックスとエロティシズムの対置概念とすることや、本質主義 vs. 社会構築主義、Nature vs. Nurtureといった二項対立的枠組みで議論することに批判的だった(マネー 1991)。

 彼が生涯最後に出版した書籍はA First Person History of Pediatric Psychoendocrinology(Money 2002)だった。『一人称で語る小児心理内分泌学史』を書き残したという事実が、彼の矜持を物語っている。マネーは、「常識」を疑い、数々のタブーに挑戦した誇り高き開拓者だった。圧倒的なカリスマ性を放つ「王様」のような存在だった。しかし、研究に失敗はつきものである。「うまくいっていないことが明らかになったにもかかわらず、彼は(ジョン/ジョーン)事例を手放そうとしなかった。あまりにも素晴らしい事例だったので、手放せなかった。そこが彼の行動で非倫理的と言える部分である」とアン・ファウスト=スターリング(Anne Fausto-Sterling)がBBCのインタビュー14で語ったように、研究者には常に自己批判・自己修正が求められる。わたしたちが「ブレンダの悲劇」に学ぶべき最大の教訓はそこにある。

【注釈】

(1) 朝山春江と朝山耿吉は、1987年にも、2冊目となるジョン・マネーの著書『ラブ・アンド・ラブシックネス: 愛と性の病理学』(人文書院)を訳出上梓している。

(2) The New York Times紙(2006年7月11日付)に掲載された追悼記事John William Money, 84, Sexual Identity Researcher, Diesに引用されたズッカー(Kenneth J. Zucker)の言葉。https://www.nytimes.com/2006/07/11/us/11money.html(2024年8月20日アクセス)

(3) ニュージーランド出身の心理人類学の先駆者。博士研究員として在籍したイェール大学では、太平洋諸島の文化人類学的研究に従事した。心理人類学の創始者であるエドワード・サピア(Edward Sapir)、ルース・ベネディクト(Ruth Benedict)、マーガレット・ミード(Margaret Mead)らとの親交も深く、『プカプカの民族誌』(1938)や『現代のハワイ人たち』(1939)など、多数の文化人類学的研究を発表し、国際的には人類学者として知られる(サトウ 2020)。

(4) オーストラリア出身の脳神経科学者。第二次世界大戦後からオタゴ大学教授。1963年にノーベル生理学・医学賞を受賞。

(5)「半陰陽」というのは当時の医学用語で、現在では「性分化疾患」(Disorders of Sexual Development: DSD)と呼ばれている。同じDSDという略語を使用する場合も、非病理化の文脈においてはDiversity of Sexual DevelopmentあるいはDifferences in sex developmentの略称であると説明される。さらに、1990年代半ばに台頭したインターセックス(intersex)当事者運動を踏まえ、性的マイノリティの人権問題を扱った国連の刊行物などでは、LGBTIなど、一貫して「インターセックス」が使用されていることから、本稿では引用部分を除き「インターセックス」を使用することにする。

(6) 『現代性教育研究月報』に収録されたJASE創立20年記念特別講演録では、マネーが「ジェンダー・ロールとジェンダー・アイデンティティというのは、1955年に私がつくった言葉である」と述べたと記録されている(Money 1991: 7)。しかし、諸外国の文献で見る限り、マネーが自身をジェンダー概念の「生みの親」であるとアピールすることはあっても、ジェンダー・アイデンティティ概念の「生みの親」だと主張した痕跡は確認できない。

(7) インターセックスの当事者運動が台頭した1990年代半ば以降、医学的な理由がなく、もっぱら審美目的で実施される不可逆的な行為を早期に(インフォームド・コンセントを提供できない年齢で)実施することの正当性が見直されるようになった。

(8) これによって、突如として、ジェンダー肯定医療(gender affirming care: GAC)が主流化されることになった米国では、同様のクリニックが全国各地で開設されるようになる。グリーン(Richard Green)は、GACの正当性を訴えた最初の科学者として、「トランスセクシュアルの父」と呼ばれたハリー・ベンジャミン、ロバート・ストーラー、ジョン・マネーの3名を挙げ、その功績を讃えている(Green 2008)。

(9) The Sexes: Biological Imperatives. https://time.com/archive/6844366/the-sexes-biological-imperatives (2024年8月20日アクセス)

(10) Man and Woman Boy and Girl. The New York Times(Feb. 25, 1973)https://www.nytimes.com/1973/02/25/archives/man-and-woman-boy-and-girl-by-john-money-and-anke-a-ehrhardt.html (2024年8月20日アクセス)

(11) ジョン・コラピント著『ブレンダと呼ばれた少年』は、2000年に無名舎から出版された後、しばらく入手不可能となり、2005年に扶桑社から新版が出た。現在入手できるのは後者のみである。しかし、復刻版については注意を要する。「ジェンダーフリーの『嘘』を暴いた本書の意義」と題する八木秀次による「解説」が追加され、著作の内容や性科学者の主張が「本来の趣旨とはまったくかけはなれたものにねじ曲げられ、男女共同参画政策やジェンダー・フリー教育バッシングのために利用されている」(加藤 2005: 974)。これについては、ミルトン・ダイアモンドによる特別寄稿「現代日本文化の中の伝統主義者VS.フェミニスト: <自然VS.相互作用>論争とその社会的意味づけ」(現代性教育研究月報 2006年1月号: 1-5)なども参照されたい。

(12) グリーンの証言によれば、「批判する者たちは、あたかも彼(マネー)が、自分の理論を証明するために少年のペニスを切断したかのように見せかけた。オーストラリアのテレビ番組“60ミニッツ”は、彼を「メンゲレ博士」と呼んで糾弾した。ニューヨーク・タイムズ紙のような、よりよく知るべき新聞でさえ、公平な報道を行わなかった(中略)この双子のケースに関する最近のBBCのドキュメンタリーは、あからさまに一方的だった」(Green 2006: 631)。メンゲレ博士とは、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で非倫理的な人体実験を行ったヨーゼフ・メンゲレのことである。

(13) Dr Money and the Boy with No Penis(https://www.bbc.co.uk/sn/tvradio/programmes/horizon/drmoneytrans.shtml

【引用文献】

(50音順)
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